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効率を求める親心と子どもの内的体験 14歳の娘とマインドフルネス

瞑想やヨガ、マインドフルネスの実践を続けてきて、気づけば子育てにも少しずつ変化が現れてきました。
今日は久しぶりに、私自身の子育てについて書いてみようと思います。

私のことを知らない人もいるのでちょっとだけご紹介

以前の私は、ひどい“ガミガミ母さん”でした。
娘のやることなすこと、細かいことにもつい怒ってしまう。
それが嫌で、それを変えたくて、抜け出したくて。
ヨーガや仏教ベースの瞑想を続けてきました。

練習を続けてきて随分たった今、本当に娘といい関係が作れて”怒る”こともほぼなくなり、自分自身こんなに変化があることに驚いています。

人を大切に思うからこそ、
あれこれ教えたくなる。
助けたくなる。
私ならなんとかできると思って、つい介入してしまう——

けれど本当に大切なのは、
その人が「自分の内的な体験」をすること、
そしてそれにただ共にいる、ということ。

最近はこのように考えてるんですが、それもこれも自分の変化があったからこそと思っています。

そして本編へ⇩

朝の探し物から始まった気づき

14歳の娘が学校の準備をしている朝の時間。

探し物が見つからない時、私の中には「急がなきゃ」「時間がない」「またこの繰り返し」という思いが湧いてきます。

そして、いつものようにイライラしている自分がいました。

娘がどうやってその探し物について考えているのか、どんなプロセスで探そうとしているのかを見ている時、気づいたのです。

私は娘を助けたいと思っているけれど、実はそこには別の気持ちも隠れているのではないかと。

親切の裏にある自分の欲望

毎朝の365ヨガ・瞑想の実践や、日常の中での瞑想時間を通して、自分の内側を見つめる習慣ができていました。

起きた時に外を見て呼吸を感じること、皿を洗う時、仕事をする時、そして娘と話す時にも、マインドフルな意識を向けるようになっていたのです。

そんな中で見えてきたのは、私の「親切」だと思っている行動の裏に、効率やスピード、簡易さを求める自分の隠れた欲望があるということ!

娘のためと思いながら、実は自分の都合や価値観を優先していたのかもしれません。

内的体験とともにいる心

相手の内的体験、つまり自分で気づいて、自分で考えて決めて、またその結果を経験するプロセスこそが、その人にとって最も大切なものなのだと思うようになりました。

そして、私にできることは「何もできない」ということを受け入れることでした。

でも同時に、その内的体験に触れる手伝いはできるのだということも。

それは、娘の体験とともにいる心を持つということでした。

関わり方の変化

この気づきから、娘との関わり方が少しずつ変わっていきました。

まず、口を出すタイミングを待つようになりました。

すぐに解決策を提示するのではなく、娘が自分なりに考える時間を大切にするように。

そして、娘の話をもっと聞くようになりました。

探し物が見つからない時の娘の気持ちや、どんなふうに考えているのかを、まず聞いてみるように。

さらに、解決策を提示する前に娘の気持ちを確認するようになりました。

「今、どんな気持ち?」「何か手伝えることはある?」と、娘の内側にあるものを大切にするように。

信頼という安心感

幸い、娘の中には「学校に遅れないように行く」という気持ちがちゃんとありました。

だからこそ、私は遅れることはないという安心感を持って見守ることができたのです。

今は、物事を解決することよりも、そのプロセスを娘自身が把握することを大事にしています。

娘も安心しているような感じに見えます。

それは、自分の内的体験が大切にされているという実感があるからかもしれません。

日常に活かすマインドフルネス

皿を洗う時、仕事をする時、子どもと話す時。

日常のあらゆる瞬間にマインドフルネスを取り入れることで、相手によりそう姿勢が自然と身についていきました。

それは特別なことではないんです。

ただ、目の前にいる人の内的体験を尊重し、その人とともにいる心を持つこと。

急がなければならない朝の時間でも、その人のペースを大切にすること。

心が軽くなるヒント

この体験を通して感じたのは、人との関わりの中で一番大切なのは、相手を変えようとすることでも、問題を解決してあげることでもないということでした。

ただ、その人の内側にある体験を信じて、そばにいること。

それだけで、関係性は大きく変わっていくのだと思います。

朝の慌ただしい時間も、子育ての様々な場面も、少しだけ立ち止まって、相手の内的体験に意識を向けてみる。

そんな小さな変化が、きっと誰かの心を軽くするきっかけになるのだと思っています。