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子育てに(あまり)苦しまない人の共通点

子育てで悩みを持たない親なんていないだろうけど、悩みが苦しみになって辛い気持ちをしている親とそうじゃない親がいる。

私が見てきた中で、子育てに悩んでいるけど苦しんでいない人には共通していることがある。それは自分の常識に対して寛容であるということ。

今日は、この常識に対する寛容をテーマにお話をしようと思う。

常識は思い込みと反復習慣

私たちが常識と思っていることは、ほとんどの場合世界中の全ての人にはあてはまらない。wikiによれば常識とは、『社会的に当たり前と思われる行為、その他物事のこと』だそうだ。つまり育つ社会が違えば常識は違ってくる

社会の単位は曖昧で、家庭も小さな社会といえる。日本全体の社会もある。だから、様々な常識が存在する。

自分が生きてきた中で、いつもいる場所で何度も繰り返し当たり前と学んできたことが常識に変わっていくものだ。

私は、10代後半になるまでトンカツのことを豚肉の塩焼きだと思っていた。

なぜなら、「今日の晩御飯、トンカツ」といってでてくるものは、豚の塩焼きだったから。

10代後半に友達と食事に行き、トンカツを注文してでてきたものを見て、注文間違いだ。と伝えようやく本物と偽物のトンカツを理解したわけ。

何がいいたい、というと私たちの思っている常識とは、場合によってはこの程度のもの。ってこと。

だから、苦しむほど常識に囚われすぎなくてもよい。だけど、囚われてやすいという人間の本能的システムがある。

自動反応・自動思考システム

私たちは、生まれてから様々なことを学習する。その中でも繰り返し学習したものは長期記憶として蓄積される。

そしてまた、その記憶はカテゴリーされながら蓄積されている。

たとえば、人参は野菜の箱の中。野菜は食べ物の箱の中。という具合に

そしてこのようなシステムに従って行動の一連や思考の一連も自動パターン化される。

こう言われたら、こう。

こされたら、こう。

という自動的反応。そして自動的思考

例えば朝起きたら歯磨きをする。朝知り合いにあったらおはようという。箸は右手に持つ、とか。

このシステムのおかげで私たちはある程度物事を考えなくても生きていけるし、人とコミュニケーションできる。

子育てにもこの自動思考があるはず。

例えば、子どもが泣いた時にすぐにあやす、というのを見て育っていた人は、自分の子どもがそうだった時に同じようにしようとする。

子どもが悪いことをした時に、静かに諭すのを見て育った人は、自分の子どもにもそのように接っしようとする。

それは無意識の中で一番刷り込まれている情報に自動的に突き動かされている反応だし、いわゆるそれがその人の常識ということなんよ。

この常識と思ってるやり方を自分でやりきれなかった時とか、自分が思っていた常識とは違う常識を知って、それに追いつけない自分がいる。まずいのはこのように、自分を追いこんで苦しむことなんだよね。

「思ったとおりにできない」「この方法は実は間違えていた」「本当に正しいのはなんだろう」

こういう考えがうまれてきて、それを何度も繰り返していくとこんな言葉を自分にかけていくことになる。

「だから私はだめなんだ」「何をしてもうまくいかない」「もうどうにもできない」

苦しみに迫りくるマーケット

こういう苦しみを持ってる時、つい頼ってしまうのはこの苦しみから自分を救ってくれる神の手。

その手はもしかすると誰かの講座かもしれないし、持てば不幸がさっていく壺かもしれない、権威ある人の知育グッズかもしれない、母親のよりそいワークかもしれない。

その中には、苦しむ人を心から助けようとする人からの手がある一方、完全に商品を売り込む相手として狙いを定めている人からの売り込みもある。

悲しいことに、この二つを見分けることはとても難しい。

少し横道にそれるけど、もしも皆さんが救いの手を求めるために何かを購入しようと思ったら下記のことを守ってほしい

1、最低3日間、それを買うことを待つ
2、自分の購入できる範囲の金額である
1について

待てない。という場合のほとんどは、今冷静な状態ではない、と気づいてほしい。買い物は冷静な時に買うかどうかの判断が必要です。

もしも期日が迫っている場合、その期日が例えば「このページを見た人限定!今日限り!」などという書き方の場合、ほとんどは買わせるための手法だから買わなくて良い。(そのような販売方法のところから買ってもいい人は買っても良いと思うのだけど、私はおすすめしない。なぜなら買わせることに特化した煽り型のマーケティング法で好きではないから。少なくとも私はその方法はしたくない。)

2について

無理してでも!というのは待ちましょう。それも冷静ではありません。

脳では扁桃体が発火し、戦闘状態ややる気のない状態になる

冷静ではない時って不快な気持ちを持ってる時なんだけど、この時、扁桃体が活動を活発にする。そうすると、視床下部からストレスホルモンがでるんだよね。それは交感神経優位にさせて、体の恒常性を保とうとする正常な機能なんだ。でもそれが慢性的になると、体と心を常に戦闘状態にさせたり、やる気がない状態にさせたりしている。

そしてこれが冷静ではない状態もつくりだしていて、正常に判断することができなくなるの。

こんな感じで、私たちは自分の意思に反するような自動反応パターンに陥っているのです。

だからあなたが子育てに対して苦しんでいるのは、決してあなた自身が悪いわけではないということ、そういうパターンにはいっているだけ、ということを知ってください。

常識に寛容になろう

常識に寛容になるというのは、自分が思っている常識をアメーバーのように変える柔軟性をもつことや、常識と思っていることができず苦しんでいる自分に対して優しくしてあげることだ。

1、常識を変えたり広げたりする
2、苦しんでる自分を助けるセルフコンパッション

1、常識を変えたり広げたりする

これは、多くの人がチャレンジしていることだと思う。
子育ての本や講座、友達同士の情報交換などから新しい常識を教えてもらうことで、常識を変えたり広げていくことができる。

盲点だったようなことを知って、寛容になれる点でとてもおすすめ。
例えば私が盲点だった一つにこんなことがある。

子どもを叱る時、叱ってもOKだけど否定的な言葉ではなく、肯定的な言葉を使うこと。

×「そこは通っちゃだめ」

○「危ないからこっちを歩くといいよ」

という言い方。

こういう情報をいっぱい集めていって、子育て上手になっていく。

だけど、そういう情報を知ってもうまくできることばかりじゃなくて、いつもの常識の中のやり方に戻ってしまうこともしばしば。

そういう時に役立つのが、2つめの方法。

常識の枠を広げたり変えたりできるおすすめの本

私が子育てで常識の幅をひろげさせてもらったり変えてもらえたな、と思う本を2つ紹介する

どちらも末長く名著よね。と思う本を選びこれらにしたよ。どちらの著者もそれぞれに他の本もでていて、それについてもおすすめ。

私はインスタやyoutubeより本派なので、このおすすめにとどまるけど、本当におすすめよー。

2、苦しんでる自分を助けるセルフコンパッション

この方法は、セルフコンパッションという心理的手法。仏教用語では慈悲喜捨の悲にあたるところで、苦しみや痛みを取り除こうとする心の持ち方のことをいいます。

この方法は、元は仏教の考えからきているけれど、心理学の研究で整理され、今はれっきとしたセラピーとして扱われている。

やり方は簡単。

自分に対して酷な評価をしたり、追い詰めようとする自分を発見したら、優しい声をかける自分を登場させるの。

これは、車の運転を想像するといいかもしれない。アクセル全開で気がつくとどんどんスピードを加速させ、周りの風景が見えないような状態にまで自分を追い詰めるんだけど、事故にあってしまう前にその状態に気づいて、ブレーキをかけてあげる。

このブレーキが自分へ優しい自分ということ。

周りが見えるくらいまで、必要なだけ優しい声がけをして、労わりの気持ちをもって自分に接する。

それが何より大切。

だけど、そもそもアクセル全開で周りが見えてない状態だということに気づいてなかったら?ブレーキをかけることすらできないよね?

だから気づくというのが大切になってくる

今自分がいっぱいいっぱいということに気づいている?

脳が正常な状態にない時は、自分に対する理解も下がっていて、自分がいっぱいいっぱいだということに気づいてない場合がある

正常じゃないと判断できるいい方法が一つあるからやってみて

それは、「苦しみを感じているその時、今、自分がいつもと違って正常ではないだけ。またいつか普通に戻るとわかっている。」と言えて、しかも心からそう思っていることだよ。

正常ではない時は、いつまでも続く、と思っているし、上記の言葉はまるで上部だけの言葉に聞こえてくるはず。

だからまずは気づくことから始めよう

気づきとは、マインドフルネスであること。

マインドフルネスは良い状態を言うんじゃないよ。

良い時、悪い時、どんな時もそれにそのまま気づいていることを言うんだよ

セルフコンパッションとマインドフルネスのガイド瞑想

心理療法ベースのガイド瞑想です

セルフコンパッションのプラクティス

マインドフルネスのプラクティス

まとめ

子育て完璧な人はいないことを覚えておいて、一人だけで抱え込まないように、そして自分に優しく過ごしてくださいね。

「自分に優しく」