マインドフルネスは、「今ここでの経験に評価や判断を加えることなく能動的な注意を向けること」(Jon Kabat-Zinn)ことと定義されている一方で、「あるがまま」とか「気づき」という言葉で表されていることもあります。
一体なぜ定義にこんなひらきがあるのか?について今日は書いてみます。
耳で聞きたい方はこちらからどうぞ
マインドフルネスの言葉の意味は?
マインドフルネスは主に3つの使われ方をしています。
状態を表す:マインドフルネスに生きよう、マインドフルネスに食べようなど
特性を表す:マインドフルネスな人、マインドフルネスな生き方など
瞑想を表す:マインドフルネス(瞑想)をしましょうなど
このように、マインドフルネスは、1つの言葉で様々意味を持つ、多様性のある言語です。
マインドフルネスをする人の立場
マインドフルネスは、様々な立場の人が行っています。大きく4つにわかれます。
①仏教の行として行う人
②企業などでメンタルトレーニングとして行う人
③の心理療法として行う人
④その他、ヨガやボディーワークのクラスとして行う人など
それぞれ同じような言葉の意味で使っている
立場は異なれど、それぞれが同じような言葉の意味合いでマインドフルネスという言葉をつかっています。
でも見比べるとマインドフルネスって何って思うことありませんか?
例えば、
「マインドフルネスの力で、心の平静さを保ちます」
「マインドフルネスの力で、思考を整理整頓した仕事を効率よくしよう」
などの使い方を見た経験はないですか?(私はあります)
この2つの文章を見ると、マインドフルネスの意味が全く異なるように思います。
これは、立場の違いによって目的が異なるためです。
立場の違いで異なる目的
異なる立場の人は、それぞれ異なる目的があります。
①仏教の立場の人は、仏教の目指す最終目標にいたること
②メンタルトレーニングの立場の人は、集中力を養うことや仕事の効率を高めることなど
③心理職の立場の人は、心理療法で心理的な問題を改善や解消すること
④それぞれに異なること
その目的にあわせてマインドフルネスを使っているので、マインドフルネスの意味が全く異なるように感じるんです。
そうなると、そもそもこんなに違う立場の人が入り混じって言葉を使うようになったのはなぜ?という疑問がでてくるよね。
ということで言葉について調べたよー。
マインドフルネスの言葉と立場の広がり
マインドフルネスという言葉は、1881年にイギリスの仏教学者であるTW Rhys Davidsがサティ(sati)の英訳として「マインドフルネス」を論文に用いたことが始まりです。
心理学の領域で広まるマインドフルネス
その後、1979年にマサチューセッツ大学医学大学院のJon Kabat-Zinn が、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)という心理プログラムを開発しました。
ジョン・カバット・ジンは、禅の思想をこの心理プログラムにとりいれています。
なので、ここで用いているマインドフルネスもsatiの意味が含まれます
として使われていると考えられます。
そして、1991年に、オックスフォード大学のMark Williamsがマインドフルネス認知療法 (MBCT)を開発します。
MBCTは鬱の再発防止に有用という研究結果がでました。
アメリカでは、鬱の再発防止の主たる治療法としてMBCTを採用しました。
ここから心理学領域でマインドフルネスの研究が爆発的に増え、それと共に世界中に心理療法としてのマインドフルネスが広がることになりました。
心理療法、元は仏教
このように心理療法としてマインドフルネスという言葉が広がったけれど、元は仏教用語です。
仏教の立場の人が英語版の言葉で使い始めるのは自然な流れです。
メンタルトレーニングとしてのマインドフルネス
マインドフルネスの広がりは大企業にも浸透しました。
Appleのスティーブン・ポール・ジョブズは有名です。
それから2007年にGoogle社は、サーチインサイドユアセルフ(SIY)を能力開発プログラムとして実践し始めました。
このような流れでマインドフルネスをメンタルトレーニングとして実践する立場の人が自然とでてきました。
立場にあわせて形を変えれる言葉
上記までの他にも、例えばヨガをしている人もクラスにマインドフルネスをとりいれます。仏教のルーツはインドなので、ヨガとマインドフルネスは兄妹みたいなものです。
こうやって関連する様々な人にそれぞれの立場にあうよう形を変えながらマインドフルネスの言葉は広がっていったのですね。
まとめ
マインドフルネスの定義は色々あって良い。
とはいえ、何かでマインドフルネスの説明をする必要があるなら、自分がどの立場でマインドフルネスを語りたいかを考えて、それぞれの立場の代表的な人があげている定義や説明を用いると良いですよ。