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瞑想中に集中できない理由と対処法

「瞑想中に集中できない」ことに対して「どうすればいいですか?」という質問をいただきます。


この質問からはいつも、集中できない。という悩みだけでなく、集中できないことに対して、「自分はだめだ。」とか「うまくできないなんでだろう」という後ろめたいような申し訳ないような気持ちや、「瞑想は集中してないとだめなんだ」というちょっとした脅迫観念的なことを感じて苦しくなっている気持ちを感じます。

ということで、まずは、集中できないことについて話をした後に、対処法、そして瞑想を続けていると経験する4つのステップについて書いていきます。

集中できない理由

人間のシステム上、考えずにはいられない.だから集中できなくて当たり前!

まず、瞑想中、集中できないことがあっても全然良いです。

私たちは、生きていく上で思考せずにはいられないようにできています。
下記のような情報があります。

人は1日に12,000から60,000回考える

そのうちの80%(57,000回)はネガティブなこと95%(48,000回)は昨日と同じことについて考えている。



この説に関しては、アメリカ国立科学財団が発信していると言われているが、どうやら根拠はないそう。だけど、同様のことをいう科学者はいるそうです。下記はこの件を独自に調べている人のブログです。グーグルクロームのブラウザで見ると日本語訳でみれます

https://www.discovermagazine.com/mind/the-70-000-thoughts-per-day-myth

上記の説が例え違ったとしても、朝起きた瞬間から私たちはありとあらゆることを考えています。歯を磨く時、ご飯を食べる時、人と会話する時、歩く時・・・・

何も考えず行動することはできないから思考がとまらなくて当然です。

だから、瞑想中に集中できないことに対して後ろめたい気持ちになる必要も、自分を責める必要もありません。

誰だって考え事をして集中できないんです。だからこそ瞑想の練習をするんです。

「集中できない」と考えている自分が必要以上に気になっていると気づく

例えば瞑想中に、

「集中できた」と思った人と
「集中できない」と思った人は、
どちらも「心が動いた」という同じことが起きています。


だけど、「瞑想できない」と思った時と「瞑想できた」と思った時では、受け取り方が違いませんか?

これは、できない=悪とマインドがセットされているからなんですよね。

私たちは、無意識に否定的な思考が浮かんできたら、それを悪いことと受け止めて自分を責めます。

その責める気持ちが加わって、「集中できない」ことに集中しがちなんですが、実際は、おそらく「集中できる」と思っていたり、他のことを考えている時と思考頻度は変わりません。

このことに気づけば、集中できないことに対して必要以上に後ろめたく思う必要はなくなるはずですし、「瞑想できない」という考えに執着することも減るかもしれません。


「集中できない」心と上手に付き合う

ここからは、瞑想中に「集中できない」と思っている心と上手に付き合う2つの方法を書きます。

「集中できない」という心を無理やり消さずそのままにする

1つ目は、「集中できない」という心を無理やり消さずそのままにすることです。
人は、望ましくない思考がくると、ついそれを排除しようとします。
この排除しようという心の働きは、自分自身を否定することに繋がるため、ストレスになるんですよね。
それが後ろめたさなどの裏に隠れている可能性もあります。

なので、「集中できない」という心がきたら、その心をなくそうとしなくてかまいません。

ここまでできたら2つ目に移ります。

「集中できない」「と考えている私がいる」と気づいて受け入れる

2つ目は、「集中できない」「と考えている私がいる」と気づいて受け入れます。
これをメタ認知といいます。

細かなステップでは、まず、気づくことが必要です。

「私=集中できない」
という認識から
「集中できない、と考えている私がいる」
という認識になります。

随分大きな違いですが、わかりますか?

私たちは、通常前者のように、私=思考や感情そのものと思っています。

例えば、「私=恥ずかしいことをして心が苦しい人間。」などです。
これは「恥ずかしいことをして、心が苦しいと感じている私がいる」と変換できます。

そうすることで、自分がどのような感情や思考をもっているかに客観的に見て気づくことができます。

次に、受け入れます。

自分がそのような感情や思考を持っていることをそのまま受け入れます。

抵抗があると気づいた後に、排除しようとか隠そうという気持ちが残るんだけど、そのような気持ちにも気づくことでようやく受け入れることができるんです。

このように上手に付き合っていくことで、4つのステップを経験します。

瞑想を続けていると現れてくる4つのステップ

MSC(マインドフルネスセルフコンパッション)のコースで感情の受容の5段階というのを学習したことがあります。

この4つのステップは、感情の受容の応用と、私の経験をあわせて思考の段階にあてはめたものです。段階的には間違えていませんが、何かの文献をもとにしたものなどとは違うので、その点について留意の上読み進めてくださいね。

ステップ1 「集中できない」のは当たり前と理解できる

集中できないのは当たり前だし悪いことではありません。

まずは、ここからですよね。

瞑想は集中できるもの。という思い込みから離れてみることです。

私たちはあらゆることにラベルをはります。
そのラベルは、いつでも正しいとは限りません。
苦しいと思ったら、そのラベルを見直したり、変えることだってできるんです。

ステップ2 「集中できない」「という心の動き」に気づく

これはお付き合いでも書いたのと同じことですが、
「集中できない」「という心の動き」に気づいてください。

真面目な人ほど、集中できないことに後ろめたさを抱いたりするので、本当の意味で気づくことに時間がかかります。

本当の意味で気づくには、自分自身に優しくないといけません。

もし、このステップ2がよくわからない、とかいつまでもステップ3に至らないという人は、このような考えをもってほしいです。

自分の心を第三者の目で見る
それも心の底から優しさの気持ちをもって見てあげる
不完全さをもっている自分を完全に受け入れてあげる

自分自身に優しくできると、ステップ2は簡単です。

ステップ3 「集中できない」「という心の動き」が友達になる

「集中できない」「という心の動き」に気づいたら、このような声が聞こえてくるかもしれません。

「やっぱり私ってだめだな。」「また他のこと考えてしまった」

これらは自分を批判する声です。

このような声が聞こえるうちは、集中できないことに対して後ろめたさがつきまといます。

どうすればいいか?というととても簡単です。このような自己批判の声に対してもステップ1、2を行うんです。

自己批判に対してステップ1、2を行う

「やっぱり私ってだめだな。」と考えていたら

「やっぱり私ってだめだな。」『と考えている私がいる』

「また他のこと考えてしまった」と考えていたら

「また他のこと考えてしまった」「と考えている私がいる」

という感じです。

このようにすることではじめて、後ろめたいとか、恥ずかしいというような気持ちから解放されて、友達のように接することができます

ステップ4 「集中できない」「という心の動き」がやってこなくなる

これは本当に不思議な経験ですが、人の思考や感情は、無視しようとすればするほど膨らみます。

でも受け入れると、消えていくようになってるようです。

瞑想実践者は、このことを知っていると思います。

だから嫌な感情や思考が沸き起こった時に、ストレス発散をする方法ではなく、瞑想をすることを選ぶようになるんだと思います。

まとめ

集中できない時も、深く考えずに瞑想を続けてみてください。
どうしてもそこから抜け出せない時は、自分に優しくする。を思い出してみてくださいね。

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